東京地方裁判所 平成10年(ワ)6637号 判決
原告 ガリバーズ・トラベル・エージェンシー株式会社
右代表者代表取締役 山口精一
右訴訟代理人弁護士 北新居良雄
被告 株式会社エヌオーシー
右代表者代表取締役 蒔田晃
被告 蒔田晃
右両名訴訟代理人弁護士 関泰宏
同 石橋英之
同 井上正義
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金二億一九〇八万七六三五円及びこれに対する平成一〇年四月二五日から支払済みまで年六分の割合(ただし、被告蒔田晃については年五分の割合)による金員を支払え。
二 原告の被告蒔田晃に対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決の主文第一項及び第三項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金二億一九〇八万七六三五円及び平成一〇年四月二五日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、旅行業を営む原告が、被告株式会社エヌオーシー(以下「被告会社」という。)に対し、同被告との間の旅行代理店契約に基づく預り金引渡請求として、同被告が顧客から集金して原告のために保管していた金員のうち同被告の受け取るべき手数料、立替金等を控除した残額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに、同被告の代表取締役である被告蒔田晃(以下「被告蒔田」という。)に対し、右保管金を費消して原告の被告会社に対する預り金引渡請求を不可能にさせたとして、商法二六六条の三第一項又は不法行為に基づく損害賠償として、被告会社に対する前記預り金引渡請求における請求額と同額の金員及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
一 争いのない事実
1 当事者等
(一) 原告は、海外における宿泊施設及び鉄道等の切符の手配並びに現地添乗員及び通訳等の手配(以下「地上手配」という。)を業とする株式会社であり、英国を本拠として旅行手配業を営むガリバーグループに属している。
(二) 被告会社は、海外における地上手配業務の代理等を目的とする株式会社であり、原告と旅行代理店契約を締結し、原告の代理店として専ら九州を中心とする西日本地域の顧客に係る地上手配を取り扱っていた。
(三) 被告蒔田は、被告会社の設立時からその代表取締役の地位に就いていた者である。
2 本件旅行代理店契約
(一) 原告は、昭和六三年一〇月五日、被告会社との間で、同被告が原告を代理して顧客から注文を受けて地上手配業務を行い、これに対し原告が一定の手数料を支払うことを内容とする旅行代理店契約を締結し、翌年以降、おおむね一年間でこれを更新していた。(以下、更新後のものを含めて「本件旅行代理店契約」という。)
(二) 原告は、平成五年二月一日、本件旅行代理店契約の更新に際し、被告会社との間で、手数料等の詳細につき、以下のとおり合意した。
(1) 被告会社は、山陽、四国及び沖縄を含む九州地域において、原告を代理して地上手配業務を行い、原告は、同被告に対し、後記(3) の手数料を支払う。
(2) 被告会社は、原告を代理して注文を受けた顧客から地上手配料等の代金を集金し、旅行出発月の翌月末日までにこれを原告に送金する。ただし、顧客が原告に直接代金を支払ったときは、この支払をもって右集金及び送金が行われたものとする。
(3) 手数料は次のとおりとする。
ア 団体旅行
売上高から原価を差し引いた粗利益額の三〇パーセントに相当する金員
イ 個人旅行
料金表に定められたホテルについては売上高の一〇パーセントに相当する金員
これ以外の手配については売上高の五パーセントに相当する金員
(4) 原告は、被告会社に対し、毎月一日から末日までの間に発生した売上高について前記(3) に基づき計算した手数料を翌々月一五日に支払う。
(5) 被告会社は、原告に対し、毎月一〇万円の管理料を支払う。
(6) 契約期間は平成五年一月一日から一二月三一日までとする。ただし、期間が満了する一か月前までに原告又は被告会社が特段の意思表示をしない限り、更に一年間継続するものとし、以後も同様とする。
3 原告と被告会社は、その後、前記2(3) の個人旅行に係るすべての手数料につき、粗利益額の三〇パーセントとすることに合意した。
4 被告会社は、平成九年一月ころから八月ころまでの間、本件旅行代理店契約に基づき原告を代理して地上手配業務を行い、顧客から合計三億三八八八万五六二三円の代金を集金した。
5 被告会社は、平成一〇年三月一八日の時点で、原告に対する一二〇四万九二三七円の立替金請求権を有していたところ、原告に対し、平成一〇年三月一六日に精算金として一五七万七三八三円、同月三〇日に二一三万九五四八円を支払った。
二 争点
1 原告と被告会社との間の原告の子会社共同設立合意の有無及びその債務不履行又は本件旅行代理店契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権の成否
2 原告が被告会社に対して支払うべき手数料の額
3 被告蒔田の原告に対する商法二六六条の三第一項又は不法行為に基づく損害賠償責任の有無
三 争点に関する当事者の主張の要旨
1 被告ら
(一) 争点1及び2に係る事実経過
(1) 被告会社は、本件旅行代理店契約の締結に際し、原告との間で、次のとおり、原告の子会社(以下「本件子会社」という。)を共同して設立する旨の合意をした。(以下「共同設立合意」という。)
ア 原告と被告会社は、本件旅行代理店契約に基づいて原告が同被告に対して支払う手数料等が五〇〇〇万円に達したときは、福岡市において本件子会社を設立する。
イ 被告会社は、本件子会社の資本のうち四九パーセントを上限として出資する。
ウ 本件子会社の代表取締役には被告蒔田が就任する。
(2) 以後、原告は、共同設立合意を前提として被告会社を「ガリバーズトラベル福岡営業所」と表示し、同被告との間で、右合意の実現に向けて話合いを継続していたところ、同被告は、平成四年ころ、本件子会社共同設立の準備行為として、原告の承諾の下、専ら原告のための地上手配に使用することを目的として原告と通信回線で接続されたコンピューター及びその周辺機器等(以下「本件コンピューター」という。)を導入することとし、機器等の売買代金として一〇八万〇八八二円、リース代金として三三六万九三〇〇円を支出した上、本件コンピューターを操作するための従業員三名を雇用した。その際、原告は、被告会社に対し、共同設立合意が実現したときに本件コンピューターの導入費用及び人件費等を精算することを約した。
(3) 原告と被告会社は、平成七年ころまでに、本件子会社設立に当たり、同被告が原告の代理店部門の営業を現物出資し、原告が金員を出資することを合意した。
(4) 被告会社は、本件コンピューターを導入した後、更に従業員を追加して雇用した結果、従来の事務所では手狭になったため、平成七年三月、本件子会社共同設立の準備行為として、原告の了解を得て、新しい事務所に移転し、引越代金として一五〇万円、新事務所の備品等の代金として四三八万六九〇三円、三年分の新事務所の賃料として合計一二五五万三六八〇円を支出した。
(5) 原告と被告会社は、平成八年一二月下旬ころ、共同設立合意の内容に変更のないこと、原告が本件子会社の設立時に、同被告において本件子会社共同設立の準備行為として支出した費用を精算することを確認するとともに、本件子会社の設立を平成九年とし、その具体的時期については平成九年三月に更に話合いを持って決することを合意した。
(6) 原告は、同年四年一七日ころ、被告会社に対し、一方的に、本件旅行代理店契約及び共同設立合意を解除する旨の意思表示をした。
(7) その後、被告会社は、原告との間で、本件旅行代理店契約の解除及びこれに伴う補償金、共同設立合意の解消等に関する話合いを持ったが、右補償金額等について合意するに至らず、同年六月六日ころ、同被告の従業員の生活保障のためにやむを得ずこれを原告に雇用させることに合意した。
(8) 原告は、同年八月末日ころ、本件コンピューターの通信回線を使用できなくしたため、被告会社は、同年九月一日以降、本件旅行代理店契約に基づき地上手配業務を行うことが不可能になった。
(二) 争点1について
(1) 原告と被告会社は、前記(一)のとおり、本件旅行代理店契約締結の際、共同設立合意を締結し、以後、その合意の存在を確認してきたにもかかわらず、原告は、平成九年四月一七日、同被告に対し、本件旅行代理店契約とともにこれを解除する旨の意思表示をし、本件子会社を設立する債務を履行しなかったため、同被告は合計二億三二一七万九六二六円に相当する損害を被ったから、原告は、同被告に対し、共同設立合意に関する債務不履行に基づき損害賠償をする義務がある。
仮に、共同設立合意が契約と認められなくとも、原告と被告会社とは九州において本件子会社を設立することを前提とする本件旅行代理店契約に基づく契約関係にあったところ、原告は、被告会社に対し、正当な理由がないにもかかわらず、一方的に解除してこれを終了させたことにより同被告をして合計二億三二一七万九六二六円に相当する損害を被らせたから、本件旅行代理店契約に関する債務不履行に基づき損害賠償をする義務がある。
(2) 損害の内訳
被告会社が共同設立合意又は本件旅行代理店契約に関する債務不履行により被った損害は、以下のとおり合計二億三二一七万九六二六円である。
ア 本件コンピューターに関する売買代金及びリース代金 三九四万六一八二円
イ 事務所移転費用等 一八四四万〇五八三円
ウ 平成九年度の営業中断に伴う損害賠償金 二〇〇〇万円
被告会社が同年一月から八月までの八か月の間に得ることができた手数料は後記(三)のとおり九八二九万九〇七一円を下回ることがなく、したがって、同年九月一日から同年一二月末日までの四か月間原告のための地上手配業務を継続していたとすれば、同被告の受け取るべき手数料は少なくとも二〇〇〇万円増加していたはずであり、前記債務不履行により同被告は二〇〇〇万円の得べかりし利益を失った。
エ 平成一〇年度から一二年度までの営業補償 一億八九七九万二八六一円
被告会社は、本件子会社設立の計画が実現すれば、原告の地上手配のための代理店部門をすべて現物出資することになるから、本件子会社を設立した場合に、同被告が得ることのできる利益は、従前から本件旅行代理店契約に基づいて得ていた手数料額を下回ることはない。そして、本件子会社は、最低三年間は存続するとみるべきところ、被告会社が平成七年から九年までの間に原告から得た手数料の一年当たりの平均額が五二七二万〇二三九円であり、原告の九州地域における地上手配業務は本件子会社設立後の三年間で少なくとも二割の成長が見込まれる。したがって、被告会社が共同設立合意が実現した場合に得ることができた利益は、少なくとも一億八九七九万二八六一円(五二七二万〇二三九円×三×一・二)である。
(三) 争点2について
被告会社は、同年一月から八月三一日までの間、本件旅行代理店契約に基づき原告のために地上手配業務を行っていたから、手数料を請求することができるところ、その額は原告の計算によっても九八二九万九〇七一円を下回ることはない。
(四) 相殺の主張
被告会社は、平成一〇年三月一八日、原告に対し、共同設立合意又は本件旅行代理店契約に関する債務不履行に基づく合計二億三二一七万九六二六円の損害賠償請求権、本件旅行代理店契約に基づく九八二九万九〇七一円の手数料引渡請求権及び前記第二の一5の一二〇四万九二三七円の立替金請求権の合計三億四二五二万七九三四円の債権をもって、本件請求に係る原告の三億三八八八万五六二三円の預り金引渡請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をし、これにより原告に対する債務はすべて消滅した。
(五) 争点3について
被告会社が原告に対して支払うべき金員はないから、会社の資金をどのように使用するかは被告会社の専権に属するところ、本件では第三者に対し、大手旅行代理店等から売掛金として回収した金員の中から二億三〇〇〇万円を貸し付け、その際には貸付金と同額の手形を担保として受領し、経理上も適正に処理しているから、被告蒔田個人が右貸付けについて責任を負う理由はない。
2 原告
(一) 事実経過中の共同設立合意について
(1) 原告と被告会社との間においては法律上の拘束力を有する共同設立合意は成立していない。
原告代表取締役が被告会社の代表取締役である被告蒔田に対し、本件旅行代理店契約の締結に際し、共同で本件子会社を設立する構想を話し合ったことがあったとしても、設立に向けての具体的な諸条件についてまでは取り決められておらず、原告の取締役会及び親会社である英国法人の承認がなく、被告もそのことを知っていたのであるから、これをもって共同設立合意が成立したとはいえないし、その後、原告と被告会社が、共同設立合意の存在を確認したこともない。
なお、原告が被告会社に対して原告の「福岡営業所」と表示することを認めたのは、本件旅行代理店契約を結んでいたからであり、共同設立合意の存否とは無関係である。
(2) また、被告会社は、原告に対して、決算報告書等を開示しないなど損益状況を明らかにしておらず、平成八年当時、他社の旅行代理店業務や独自の事業等も行っていたから、本件子会社の設立を目指して事業を行っていたということはできない。
(3) さらに、被告会社が本件コンピューターを導入したのは、原告の代理店業務を遂行する上で必要であったからであり、その従業員を増やしたのは、原告ための地上手配業務と関わりのない事業の遂行のために必要であったからである。また、被告会社が事務所を移転したのは、その営業判断に基づくものにすぎない。被告会社が、共同設立合意を基礎づけるものとして主張するこれらの事実は、共同設立合意とは関連性がなく、原告が同被告に対しこれらに要した費用を補償する旨を約したこともないから、これを支払う義務はない。
(二) 争点1及び2について
(1) 原告と被告会社は、平成九年五月一五日、次のような約定の下に合意により本件旅行代理店契約を解除したのであり(以下「本件合意解除」という。)、原告が被告会社に対して一方的に解除の申入れをしたものではない。
ア 原告は、同年九月一日をもって、被告会社が代理店として行っていた地上手配業務を引き継ぐとともに、原告において同被告の従業員を引き続き雇用する。
イ 原告は、被告会社に対し、本件旅行代理店契約の存続期間中は同契約所定の手数料を支払う。ただし、平成九年八月一日以降に実施される旅行については、以下のとおり補償金を支払う。
(ア) 個人旅行
平成九年一〇月末日までに実施されるものについて、八七四万二二五七円
(イ) 団体旅行
平成一〇年三月末日までに実施されるものについて、売上金の六パーセントに相当する金員
ウ 原告は、本件コンピューターに関し、被告会社が締結したリース契約における契約者としての地位を承継し、被告会社が購入した機器を簿価残高で買い取る。
エ 原告は、被告蒔田に対し、同年一〇月から一二月までの補償金として合計九〇万円を支払う。
(2) 原告が同年九月以降、従前被告会社の行っていた業務を引き継いだこと、原告が本件コンピューターについて機器を五〇万円で買い取ったり、リース契約者の地位を承継したこと、原告が同被告の従業員のうち原告に就職することを希望する者を雇用したことなどから、本件合意解除が成立したことは明らかである。
(3) 原告が本件合意解除に基づき被告会社に対して支払うべき補償金は、個人旅行分八九二万八八〇〇円(前記(1) イ(ア)の補償金を後に訂正したもの)及び団体旅行分九四二〇万三〇二〇円の合計一億〇三一三万一八二〇円、被告蒔田に対して支払うべき補償金は九〇万円である。
(三) 争点3について
被告蒔田は、被告会社の代表取締役として、会社資産を善良な管理者の注意をもって保管し、これが散逸したり、保管の趣旨に反して流用したりすることがないようにしなければならないから、原告のために顧客から受け取った地上手配の代金を保管して原告に引き渡す義務があるところ、原告からその引渡しを求められていたにもかかわらず、右義務を怠り、これを新たに設立した会社の資金として利用するなどして自己の利益ために費消し、その引渡しを不可能又は著しく困難にした。被告蒔田が自認するところによっても、同被告は、原告のための預り金を貸し付け、これを回収していないのであるから、被告会社及び原告に損害を与えることを知り、又は被告蒔田がこれを知らなかったことには重過失がある。
右の費消又は貸付けにより、原告は、被告会社からその保管に係る代金を受け取ることができないという損害を被ったから、原告は、被告蒔田に対し、商法二六六条の三第一項又は民法七〇九条に基づく損害賠償として被告会社が原告に対して負う預り金引渡請求権相当額のうち本件請求に係る金員と同額の金員を請求することができる。
第三当裁判所の判断
一 争点に関する判断の前提となる事実経過について
前判示第二の一の各事実のほか、証拠(甲第一、第二号証、第四、第五号証、第七号証、第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一号証、第一五号証、第一七号証、第乙第二ないし第二三号証、第二七ないし第三三号証、第三四ないし第三八号証、証人田仲重門の証言、原告代表者及び被告蒔田各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
1 昭和六三年当時原告の代表取締役であった田仲重門(以下「田仲」という。)は、本件旅行代理店契約の締結に際し、被告蒔田との間で、被告会社が原告に対し同契約に基づいて支払う手数料が約五〇〇〇万円を超えたときに共同で会社を設立し、その代表取締役には被告蒔田が就任することなどを話し合い、その当時原告の取締役であった山口精一(以下「山口」という。)は田仲からこれを聞いていた。
2 被告会社は、平成四年八月、本件コンピューターを備え付けることとし、その導入方法について原告と話し合い、原告が株式会社日本リースからコンピューター及びプリンターのリース(期間五年、そのリース代金合計三三六万九三〇〇円)を受け、これを同被告に転貸することとした上、本件旅行代理店契約において、本件コンピューター関係費用のうち設置費用及び消耗品代金は同被告の負担とし、通信回線の設置及びその使用料は原告の負担とする旨約した。
3 被告会社は、平成八年三月ころ、賃料及び共益金合計四三万七一三〇円で新たに建物を賃借し、同所に本店を移転した。
4 原告は、同年一二月ころ、被告会社に対し、本件旅行代理店契約に関する新たな契約書を送付して、その改定を提案した。
5 原告は、平成九年四月一七日、被告会社に対し、同年七月中旬ころに原告の九州支社を設立するに当たり、次の約定の下に、本件旅行代理店契約を合意により解除したい旨の申込みをした。
(一) 被告蒔田は、同年一二月末まで原告福岡支店の支店長の名称を使用することができ、原告は、同被告に対し、同年九月から同年一二月まで毎月三〇万円の給与を支払う。
(二) 被告会社は、同年八月三一日まで原告のために個人旅行及び団体旅行の地上手配を行い、原告の九州支社は、同年九月一日から同被告が原告のために行ってきた地上手配業務を引き継ぐ。
被告会社の従業員のうち原告の地上手配業務に関わってきた者を右九州支社の従業員として受け入れる。
被告会社が原告関係の地上手配業務のために設置した本件コンピューターを同年九月一日以降使用しない。
(三) 被告会社の行った代理店業務により生ずる利益の配分は次のとおりとする。
団体旅行については、被告会社が同年九月以降に地上手配業務を行ったものに対し従来どおり粗利益の三〇パーセントを支払う。
個人旅行については、被告会社が領収証を発行してあるものに対し粗利益の三〇パーセントを支払う。
(四) 本件コンピューターに関し、原告は、被告会社が購入したものについては被告会社の決算書上の価格により買い取り、同被告が締結したリース契約についてはその名義を原告に変更する。
6 被告会社は、同年五月一五日、原告からの申込みに対し、原告の九州支社開設に関与していたとして、以下のとおり提案した。
(一) 被告会社の事務所の三分の二を原告天神支店の事務所に充て、原告が同被告の従業員八名を雇用した上、営業を継続する。原告は、被告会社に対し、平成九年度の見込み所得の最低条件を確約した上、営業保証金として、本件コンピューター購入費用及びリース代金、事務所移転費用等の一部に相当する一三一二万五一二九円を支払い、その他の条件は話合いにより決定する。
(二) 原告は、被告蒔田及び被告会社の従業員すべての職場を確保する。被告会社は廃業するが、その精算に関し費用の不足が生じたときは、原告が債務の処理を代行し、被告蒔田が責任をもって精算する。また、原告は、被告会社に対し、営業保証金としてコンピューター購入費用、リース代金、事務所移転費用等の合計一四六一万二一二九円を支払い、その他は原告の提案を受け入れる。
(三) 被告会社はその事務所を引き払い、原告は、被告会社の従業員に対し、同被告において平成九年に見込まれる所得を保証する。
7 原告は、右提案を受けて、被告会社に対し、未収金の詳細を報告するように求めるとともに、報告がない場合には、同被告の従業員全員の職場を確保するとの求めには応じられないと回答したが、同被告から被告蒔田以外の従業員の八名の雇用を確約するように求められたため、同年六月一〇日、これを了承したところ、そのうち四名が原告に就職し、一名は同被告の従業員として残り、三名が同被告を退職した。
8 原告は、同年七月二二日、被告会社から、本件コンピューターのうち同被告の購入分を合計五〇万四〇〇〇円で買い取り、原告がリースを受けて同被告に転貸したものについては、同年六月から一〇月の間にリース契約を更新した上、転貸借の関係を解消して自らリース代金を支払うこととした。
9 原告が同年九月一日に本件コンピューターの通信回線を切断したことから、被告会社は、原告のために地上手配業務を継続することができなくなった。
10 被告会社は、同年一〇月二九日、原告に対し、本件旅行代理店契約の解除に伴い、原告のための預り金の中から原告が同被告に支払うべき手数料、立替金等を差し引いた一億九二四二万〇七六五円を支払うとの条件を提示した。
11 原告は、平成一〇年一月から同年二月までの間、被告らに対し、電話、ファクシミリ、手紙等により本件旅行代理店契約の解除に伴う精算をするための話合いを求めるとともに、預り金の保管状況について問い合わせたが、結局、精算には至らなかった。
12 被告蒔田は、平成一〇年二月一二日、本店所在地、電話番号、ファクシミリ番号等が被告会社と同一で海外旅行地上手配を業とする新会社を設立し、そのころ、その経営に専念する旨を表明した。
13 被告会社は、平成一〇年三月一六日ころ、原告に対し、共同設立合意の債務不履行に基づく合計三億三七三一万七二四〇円の損害賠償請求権をもって、原告の同被告に対する合計三億三八八九万四六二三円の預り金引渡請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
14 被告蒔田は、同年四月三日、被告会社名義の普通銀行口座から二億三〇〇〇万円を引き出した。
15 被告蒔田は、本件訴訟の本人尋問において、名前を明らかにすることはできないけれども、第三者に対し、原告のために保管していた預り金に相当する額の金員を貸し付けたと供述するに至った。
二 争点1及び2について
被告会社が本件旅行代理店契約に基づき顧客から集金した代金が三億三八八八万五六二三円であることは争いがないから、本訴請求債権である原告の被告会社に対する預り金引渡請求権全体の額は三億三八八八万五六二三円であるところ、原告は、同被告が受領し得る金員として自認する一億一五一八万一〇五七円、同被告から振込みを受けた三七一万六九三一円及び被告蒔田が受領し得る金員として自認する九〇万円の合計一億一九七九万七九八八円をあらかじめ控除した二億一九〇八万七六三五円の支払を求めている。したがって、被告会社が原告に対して主張する相殺の抗弁における自働債権が右の一億一九七九万七八九九円を上回ることを同被告において立証できない場合には、原告の請求は理由があるので、以下に同被告の原告に対する債権の成否及びその額が右金額を超えて存在するかについて検討する。
1 共同設立合意に基づく債務不履行の成否
(一) 被告蒔田は、その本人尋問及び陳述書(乙第三三号証)において本件旅行代理店契約の締結に際し、当時原告の代表取締役であった田仲との間で、将来被告会社の手数料が五〇〇〇万円に達した段階で同被告及び原告の出資により九州に本件子会社を設立するが、その場合、被告会社が四九パーセントを限度として出資し、代表取締役には被告蒔田が就任する旨合意し、右の共同設立合意が実現したときにその費用を精算することを約した上、被告会社が原告のための地上手配業務に専ら用いられる本件コンピューターを導入し、本件子会社の設立の準備行為として平成八年に事務所を移転し、平成九年一二月末ころ、山口及び田仲との間で右合意の内容を確認し、平成九年のうちに右会社を設立することとした旨供述し、田仲もその証人尋問及び陳述書において同趣旨の供述をする。
(二) 確かに、前判示一のとおり、本件旅行代理店契約締結の際、田仲と被告との間で将来子会社を設立することが話題となり、そのことを山口が承知していたことは認められるが、本件旅行代理店契約が締結されてからこれが終了するまでの間、共同設立合意の内容が書面化されたことを認めるに足りる証拠は存しないところ、仮に右契約が当事者間において契約として認識されていたのであれば、かような重要な事項について後日の紛議を防ぐために何故契約書が作成されなかったのか疑問が残るところである。
次に、証拠(甲第一一号証、第一七号証、原告代表者尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、原告における経営上の重大な事項の決定には、英国に本部がある原告の親会社ないしその代表者の意向が重要な影響力を有していることが窺われるところ、右親会社等が共同設立合意について報告を受けこれを了承していたことを認めるに足りる証拠は存しない。
そして、被告蒔田が本人尋問において述べるところによっても、被告会社と原告は、被告蒔田以外の役員を誰にするか、資本金の額をいくらにするか、会社の運営等に必要な資金をどのように調達するか、被告会社が同被告以外の旅行会社から委託を受けている業務についてどのように処理するかなどについて具体的に検討したことはないというのであり、証人田仲も、通常の社会生活における約束事であったという程度の認識であり、子会社の共同設立を最終的に決定するのは英国本社の経営者であったと証言しているのであって、これらの点を勘案すると、被告らの主張する共同設立合意が法的拘束力を持つ性質のものであったかどうかは疑わしいといわざるを得ない。
なお、証拠(甲第一八号証、原告代表者尋問の結果)によれば、原告代表取締役の山口は、平成九年一二月一九日から翌一〇年一月一日までの間、日本にいなかったことが認められるから、原告と被告会社が平成九年一二月末ころに共同設立合意を確認した旨の被告蒔田の前記供述については疑いを挟む余地が十分にある。
以上によると、原告と被告会社との間で本件代理店契約締結の際に子会社設立の話合いがあったことのみをとらえて法的拘束力のある契約が成立したと認めることはできない。
(三) また、被告会社における本件コンピューターの導入は、本件旅行代理店契約において費用負担の定めがあることからも明らかなとおり、同被告が原告の代理店業務を円滑に営むために必要なことであり、必ずしも本件子会社の設立に結び付けて考えなければならないことではない。そして、仮に本件コンピューターが原告の営業上の秘密に属するものであったとすれば、これにより、原告と被告会社との間の信頼関係を推認することができるとしても、他方、原告代表者尋問の結果によれば、同被告以外の代理店も同様のコンピューターを導入していると認められるのであって、このような事情に照らすと、原告が同被告に本件コンピューターの導入を認め、右営業上の秘密を開示したことをもって、それが共同設立合意を裏付ける事実であるとみることは困難である。
被告蒔田は、その本人尋問において、原告の承諾の下に、共同で本件子会社を設立する準備として、原告の品位に合致した事務所とするために本社を移転し、様様な備品を購入した旨供述するが、他方、その陳述書(乙第三三号証)において、被告会社の従来の事務所が手狭になったために移転したとも述べているのであって、事務所の移転は共同設立合意を前提としなければ説明できない事柄ではないといわざるを得ない上、その移転の際に原告の子会社を設立するために備品を購入したことを認めるに足りる証拠はないから、被告蒔田の供述中共同設立合意の成立を述べる部分を採用することはできない。
なお、証拠(乙第二八ないし第三一号証)によれば、原告が被告会社を原告の「福岡営業所」と位置づけていたと認められ、これに照らすと、原告が同被告を重要な代理店であると考えていたことを窺えるものの、他方、証拠(甲第一一号証、被告蒔田本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は原告以外の旅行会社からもそれらの営業所ないし事務所として取り扱われていたことが認められるのであって、右のような名称を用いたことが共同設立合意が存することの裏付けとなるものではない。
(四) さらに、前判示一のとおり、被告会社は、平成九年四月ころから原告と同被告が代理店契約の終了及びこれに係る精算についての交渉を開始し、その後書面をやりとりしているが、代理店契約の終了に関する交渉が始まってから約一年が経過した平成一〇年三月に至って初めて共同設立合意についての債務不履行に基づく損害賠償請求権を主張し始めたのであって、それまでに原告と同被告との間で具体的に共同設立合意があったことを前提とした交渉が行われたことを認めるに足りる証拠はない。
もっとも、被告会社が原告に対して送付した平成九年五月一五日付け書面には、同被告が原告の九州支社の開設の担い手として準備をしていた旨の記載があるが、それが原告との間の合意に基づく準備であるのか、それともそのような期待の下に同被告において準備を進めていたにすぎないのか明らかでなく、右記載をもって同被告が契約としての共同設立合意を主張したものと解するのは相当でない。
(五) 以上に検討したとおり、確かに原告と被告会社との間で本件旅行代理店契約締結の際に共同して子会社を設立する構想が話題になり、被告蒔田においてこれを期待していたことを認めることができるものの、これをもって、原告と被告会社との間で、法的拘束力を持つ共同設立合意が成立したと認めるには至らず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠は存しない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告会社の原告に対する共同設立合意についての債務不履行に基づく損害賠償請求権の成立を認めることはできない。
2 本件旅行代理店契約に基づく債務不履行の成否
(一) 前判示一のとおり、原告が平成九年四月ころ被告会社に対して本件旅行代理店契約を解除する旨を申し入れたのに対し、同被告は右申入れに対して明示的に承諾していないものの、原告において同被告の従業員を雇用すること及び本件コンピューターを原告に引き継ぐことをそれぞれ合意していること、原告が同年一〇月には本件代理店業務の終了を前提としてその精算金の支払の交渉をしていることなどの諸事情を総合すれば、同被告は、遅くとも本件コンピューターの通信回線が使用できなくなった同年九月一日までには原告が同日をもって本件旅行代理店契約を解除することに黙示に同意したものと認めることができ、他にこの認定を左右する証拠は存しない。したがって、本件旅行代理店契約は同日をもって合意解除により終了したというべきである。
(二) そうすると、原告は、本件旅行代理店契約に基づいて、被告会社に対し、同日以降においても代理店業務を行わせなければならない債務を負担していたとは認めることはできない。
(三) また、前判示のとおり、被告会社が原告とともに子会社を設立することを期待していたとしても、共同設立合意が成立したとは認められない以上、将来本件子会社を設立することが本件旅行代理店契約の内容となっていないことも明らかである。
したがって、原告が本件子会社を設立しなかったこと及び被告会社に平成九年九月から本件子会社設立まで原告の地上手配業務を行わせなかったことは、いずれも同被告に対する債務不履行とはならないというべきである。
(四) なお、本件旅行代理店契約は、その期間が平成九年一二月三一日までと定められていたものであるが、一般にこのような期間を定めた契約にあっても、その満了前に当事者がこれを合意解除することは何ら妨げられるものではなく、したがって、一方当事者が契約存続期間中に相手方に対しその解除の申入れをすることも、それ自体で直ちに相手方に対する契約を存続させる債務の不履行を構成するものではないと解されるところ、本件においても、前判示のとおり原告と被告会社との間で黙示的に合意解除が成立したと認められるのであって、原告による解除の申入れが債務不履行を構成するとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠や事由は見出し難い。
したがって、被告会社の原告に対する本件旅行代理店契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権の成立を認めることはできない。
3 まとめ
以上によれば、共同設立合意及び本件旅行代理店契約に関する債務不履行に基づく損害賠償請求権を自働債権とする被告会社の相殺の主張は理由がない。
そして、そのほかに被告会社が原告に対する相殺の自働債権として主張する債権は、本件旅行代理店契約に基づく九八二九万九〇七一円の手数料引渡請求権及び前記第二の一5の一二〇四万九二三七円の立替金請求権であって、これを合計しても一億一〇三四万八三〇八円にとどまり、原告が本訴請求債権全体の額から控除した一億一九七九万七八九九円を超えないから、右手数料引渡請求権の成否及びその額について判断するまでもなく、同被告の相殺の抗弁は理由がない。
三 争点3について
1 被告蒔田は、被告会社に対し、代表取締役として善良な管理者の注意をもって業務を遂行する義務を負っており、本件旅行代理店契約に基づく預り金については、その引渡債務について既に履行期が到来しているのであるから、これを確実な方法で保管し、これが散逸して被告会社の原告に対する支払資金が不足しないように管理すべきであったことはいうまでもない。
2 ところで、被告蒔田は、前判示一のとおり、本件訴訟の本人尋問において初めて第三者に金員を貸し付けていた旨述べるに至ったが、その裏付けとなる証拠を提出せず、貸付先の第三者の名も明らかにしていないのであって、右供述をそのまま措信することは困難である。
そうすると、被告蒔田は、本件訴訟において理由のない主張を述べるのみで原告からの引渡請求に応じようとせず、その保管に係る二億三〇〇〇万円を平成一〇年四月に引き出していながら、その使用方法ないし所在場所について合理的な説明ができないのであるから、原告に引き渡すべき金員の所在を不明とし、その保管義務に違反したことは明らかであって、被告蒔田の右行為は任務懈怠に当たり、かつ任務懈怠について悪意であったと認められる。
3 そして、前判示一のとおり、被告会社の主要な収入源であった原告との代理店契約が終了して従業員もわずか一名になり、その代表取締役である被告蒔田が平成一〇年二月に被告会社の本店所在地に新会社を設立してその経営に専念する意思を表明するなど、同被告の営業が以後継続される見込みがない状況の下で、保管中の右金員の所在を不明としたのであるから、原告が同被告から預り金の引渡しを受けることは不可能又は著しく困難になったというべきである。
よって、被告蒔田は、原告に対し、商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償として、原告の被告会社に対する本訴請求に係る金員と同額の金員を支払う義務を負う。
4 ところで、原告は、被告蒔田に対して年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるが、商法二六六条の三に基づく損害賠償債務は商行為によって生じた債務といえないから、その遅延損害金の利率は民法所定の年五分の割合にとどまる(最高裁平成元年九月二一日第一小法廷判決・裁判集民事一五七号六三五頁参照)のであって、その割合を超えた遅延損害金の支払を求めることはできない。
四 結論
以上の次第で、原告の被告会社に対する請求はすべて理由があるからこれを認容し、原告の被告蒔田に対する請求は金二億一九〇八万七六三五円及びこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右部分を認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条ただし書、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 内堀宏達 裁判官 小川嘉基)